サッカー元ブラジル代表、天才ロナウジーニョが引退

2018年1月17日、まもなく38歳の元ブラジル代表FWロナウジーニョが引退のことを公式に発表した。代理人である兄のアシス氏は「彼はサッカーを辞める。これで終わりだ。彼の引退のために大きな舞台を用意しよう。ロシア・ワールドカップ後の8月かな。ブラジル、ヨーロッパ、アジアでイベントをするつもりだ。」とコメントした。

ご存知のように、ロナウジーニョがFIFAコンフェデレーションズカップ1999に招集され、メキシコに3-4で敗れた決勝以外の全ての試合で得点した。特に準決勝のサウジアラビア戦 (8-2) ではハットトリックを達成し、大会得点王と大会最優秀選手賞を同時受賞した。素晴らしいスピード、テクニック、シュート能力で兼ね備えているロナウジーニョは世界中のサッカーファンたちに広く知られていた。

FIFAコンフェデレーションズカップ1999で素晴らしい表現で、ロナウジーニョは、2001年、フランス・リーグ・アンのパリ・サンジェルマンFCと5年契約を結んだ。移籍金は500万ユーロ。

2002年には初めてのFIFAワールドカップとなる2002 FIFAワールドカップの代表メンバーに選ばれ、コパ・アメリカ1999を共に制したロナウドやリバウドなどと共に脅威的な攻撃陣を構成した。大会を通じて5試合に出場して2得点し、更にいくつかの重要なアシストでもチームに貢献した。

2005年9月にはFIFPro年間ベストイレブンとFIFPro年間最優秀選手賞を受賞し、同年にはUEFA年間最優秀選手賞も受賞した。さらに、FIFA最優秀選手賞の投票では956点を集め、2位のフランク・ランパード(306点)に3倍以上の大差をつけて2年連続で受賞した。

2008年3月26日、ロンドンで行われた国際親善試合、対スウェーデン戦でA代表デビュー。決勝点となるゴールを決め、華々しいデビューを飾った。

2012年6月、アトレチコ・ミネイロへ移籍。契約はシーズン終了まで。2013年7月25日、クラブ史上初のコパ・リベルタドーレス制覇を達成し、史上8人目となる欧州&南米王者に輝いた[3]。モロッコで行われたFIFAクラブワールドカップ2013では準決勝と3位決定戦に出場し、2得点を挙げた。

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